東京地方裁判所 平成10年(ワ)26438号 判決 1999年10月29日
原告
須貝裕
右訴訟代理人弁護士
谷原誠
被告
株式会社上州屋
右代表者代表取締役
鈴木健児
右訴訟代理人弁護士
高井伸夫
同
岡芹健夫
同
廣上精一
同
山本幸夫
同
山田美好
同
三上安雄
主文
一 被告は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(主位的請求)
一 原告が被告JC敦賀店店長として勤務する雇用契約上の地位にあることを確認する。
二 原告の被告における職務等級が五等級であることを確認する。
三 被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月二一日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(予備的請求)
一 原告が被告谷和原流通センター流通部に勤務する雇用契約上の義務のない地位にあることを確認する。
二 原告の被告における職務等級が五等級であることを確認する。
三 被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月二一日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の従業員である原告が、被告が原告に対してした配転命令及び降格減給処分の効力を争い、地位及び職務等級五級の地位確認並びに慰謝料の支払を求める事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
1 被告は、釣り具の製造加工販売等を営む株式会社である。
2 原告は、昭和五八年四月、被告と期限の定めのない雇用契約を締結し、次のとおり業務に従事してきた(以下「本件雇用契約」という。)。
昭和五八年四月 五反田店(販売員)
昭和五九年四月 熊谷店(販売員)
昭和六〇年二月 静岡店(販売員)
昭和六〇年一一月 大井町店(販売員)
昭和六〇年一二月 渋谷店(販売員)
昭和六三年六月 平井店(店長代理)
平成三年五月 新宿店(店長)
平成七年七月 FJ渋谷店(フロアー長)
平成八年一〇月 川崎西口店(店長)
平成九年七月 JC敦賀店(店長)
3 原告は、この間被告から次のとおり表彰を受けた。
昭和六〇年一月一六日
努力賞(<証拠略>)
昭和六二年一月二六日
精勤賞及び努力賞(<証拠略>)
平成元年六月二〇日
永年勤続賞(<証拠略>)
平成三年一月二一日
特別精勤賞銅A賞(<証拠略>)
平成四年一月二一日
特別精勤賞銅A賞(<証拠略>)
平成五年一月二五日
特別精勤賞銀A賞(<証拠略>)
平成六年一月二四日
特別精勤賞銀C賞及び永年勤続賞(<証拠略>)
平成七年一月二五日
特別精勤賞銀B賞(<証拠略>)
平成八年一月二三日
特別精勤賞銅C賞(<証拠略>)
平成一〇年一月二〇日
特別精勤賞銀C賞
4 原告は、平成一〇年二月二一日から同年四月二六日までの間、被告から自宅待機を命じられ、右同日、同年五月二一日付けで谷和原流通センターの流通部への異動を命じられるとともに、職務等級を従前の五等級から四等級に降格され、その結果、給与が減額さる(ママ)ことになった(以下「本件降格異動」という。)。
5 被告の就業規則のうち、本件に関する部分は次のとおりである(<証拠略>)。
第八条(異動、出向)
一項 会社は業務上の都合により、従業員に対して就業する場所もしくは従事する職務の変更、転勤、出向等異動を命ずることがある。
二項 会社は異動を発令するにあたり、業務運営上の必要のもと、従業員の経験、能力その他を総合的に検討し、適材適所、公平を期して行う。
三項 従業員が異動を命ぜられたときは、正当な理由なくこれを拒むことはできない。
四項 従業員が異動を命ぜられたときは、速やかに業務を引継ぎ、定められた期間内に赴任しなければならない。
第一〇条(休職)
一項 従業員が次の各号の一に該当するときは休職を命ずる。
(一号ないし五号省略)
六号 その他特別の事情があると会社が認めたとき。
(二項省略)
第一二条(休職期間の給与及び勤続年数)
休職期間中の給与は原則として支給しない。(以下省略)
第一三条(復職)
一項 休職の事由が消滅したときは、書面によりその理由を明記して復職を願い出て会社が認めたときは復職を命ずる。(以下省略)
(二項省略)
第五三条(懲戒の種類)
一項 会社は職務秩序、職場規律維持のため、従業員が第五四条、第五五条に該当するときは懲戒を行う。
懲戒はその行為の内容、程度及び情状に応じて適用する。
(1) 訓戒(譴責) 始末書をとり将来を戒める。
(2) 減給 訓戒を行ったうえで、一回の減給の額が平均賃金の一日分の半額、総額が一カ月の賃金総額の一〇分の一の範囲で行う。
(3) 出勤停止 訓戒を行ったうえで、一回につき七日以内出勤を停止し、その期間中の賃金は支払わない。
(4) 諭旨退職 諭旨退職させ、退職金の一部を支給しない時がある。退職しない時は解雇とする。
(5) 懲戒解雇 原則として、労働基準監督署の認定を受けるものとし、認定を受けたときは予告期間を設けず、即時解雇とする。
二項 減給・出勤停止に該当する場合、役付者については降格を併科することがある。
二 主たる争点
1 本件降格異動の効力
(一) 原告の主張
(1) 本件雇用契約は、原告の職種を販売部に限定したものであるから、本件降格異動のように職種の変更を伴う配転命令は、右雇用契約の内容の変更に当たり、原告の同意がない以上無効である。
(2) 仮に本件雇用契約が職種限定契約でないとしても、原告は、入社以来一五年にわたり一貫して販売部の業務に従事し、被告から数々の表彰を受けるなど高く評価されてきたものであり、そのような原告を何らの合理的な理由もないのに全く職種の異なる流通部に配転させることは、人事権の濫用に当たり無効である。
本件降格異動は、JC敦賀店に被告の関連会社である株式会社コージツ(以下「コージツ」という。)の店長盛一訓之(以下「盛一」という。)と同社従業員網野達良(以下「網野」という。)の二名が研修に来ていた当時である平成一〇年一月二一日午後一一時ころ、原告が、コンビニエンス・ストアで網野がアルバイトをしているのを見つけたため、盛一に対しコージツとしての見解を問いただした結果、同人らが始末書を原告に対し提出したことに端を発し、コージツとの協力関係を悪化させないために行われたもので、不当な動機によるものであり、この点からも人事権の濫用に当たり無効である。
(3) 職務等級を五級から四級に降格し、それに伴い給与を減額することは、雇用契約の内容の重大な変更であるから、原告の同意がない以上無効である。
(4) 仮に前項が認められないとしても、本件降格異動は、実質的に懲戒であるところ、何らの合理的な理由もなく行われたものであり、懲戒権の濫用に当たり無効である。
(二) 被告の主張
(1) 本件雇用契約は、職種限定契約ではない。被告においては、従業員を採用する際、職種を限定して雇用契約を締結することはない。また、原告は、被告の販売部所属ではなく、店舗勤務であった。
(2) 本件降格異動は、懲戒処分として行われたものではなく、懲戒権の濫用には当たらない。
(3) 本件降格異動は、被告の人事権の行使として行われたものであり、原告の同意は不要である。
(4) 本件降格異動は、コージツとの協力関係を悪化させないために行ったものではなく、次のとおり原告の販売店店長としての適性欠如、管理職としての部下の管理能力欠如、金銭管理のルール違反を理由として行われたものであり、合理的な理由に基づくものであるから、権利の濫用に当たるような事情はなく、有効である。
<1> 原告は、もともと人間関係を良好に築く能力に欠けていたため、当時の五反田店店長中山祐司(以下「中山店長」という。)と仲が悪かったが、昭和五九年三月下旬ころ、中山店長の顔面を殴りつけ、同人に鼻の骨を折るという傷害を負わせ、昭和五九年四月一日から同月一〇日までの出勤停止の懲戒処分を受けた。
また、原告は、五反田店勤務当時、同僚の山口玲子に対し「今日は艶がいいね。」、「今日はお尻の線がきれいだから、昨晩いいことがあったの。」と言うなどセクシャル・ハラスメントとなる発言を繰り返していた。
<2> 原告は、渋谷店勤務当時、顧客や上司である店長、同僚との人間関係が良好ではなかった。乱暴な言葉遣いで顧客を怒らせたり、女性従業員に対し「このヒップラインがいいね。」と言うなどして不快な気持ちにさせるなどのトラブルを起こした。
<3> 原告は、FJ渋谷店勤務当時、もともと接客能力がないところ、自らは多少の渓流釣りに関する知識、技術、経験があることから、この分野に疎い顧客に対して馬鹿にした態度で接客したり、小口の顧客に横柄な態度を取ったり、気に食わない顧客を睨み付けるなどの行為を繰り返すようになり、顧客からのクレームが増加し、ついに、原告に関し、直接被告本社までクレームが届くようになった。
<4> 原告は、川崎西口店で店長として勤務していた当時も、接客態度がぞんざいであったり、部下への指示が不明確、言葉遣いが悪いなどの理由で評判が悪く、特に斉藤貴雅店次長(以下「斉藤店次長」という。)と険悪な関係になり、商品在庫の調整、顧客とのトラブルをめぐり、口論となった。
<5> 原告は、JC敦賀店の店長として勤務していた当時も顧客と数々のトラブルを発生させた。
平成九年九月下旬ころ、顧客が店内の小さな脚立に乗って箱に入った比較的安価なリールを見ようとしているとき、原告が「勝手に脚立に乗らないで下さい。リールならこっちにあります。」と言って、高めのリールを勧めたので、顧客が「いや、安いリールが欲しい。」と言ったところ、勝手にどうぞといった態度をとりまじめに接客しなかったため、右顧客から苦情を言われた。
同年一〇月中旬ころ、顧客が来店して、「ヒラメを堤防から釣りたい。リール、竿はどのようなものが良いか。」と店員に尋ねたところ、原告が横から口を出して、「そのような所からヒラメは絶対釣れない。」と頭から否定したため、その顧客は怒ってしまった。
同年一一月下旬ころ、シーバスロッドを購入しようと来店した顧客が、「この竿でシーバス釣りができますか。」と言って、トップシューターのロッドを持って、原告に質問したところ、原告はその顧客に対して、「シーバスロッドだからできるに決まってます。」と少しその顧客を馬鹿にする口調で答えたため、その顧客は何も買わずに帰ってしまった。
同年一二月上旬ころ、トップフォースベイトセットを購入した顧客が来店し、「リールの糸がうまく出ない。糸がスプールに逆に巻かれているのではないか。」とクレームを申し出たところ、原告は、その顧客がベイトリールの使い方を知らないものと決めつけて、少し馬鹿にするような口調で「リールの使い方がおかしいんじゃないの。」と言ったため、この顧客は激怒した。
<6> また、原告は、JC敦賀店店長として勤務していた当時、被告においては、売上金に一定額以上の過不足が生じた場合、報告する義務があるにもかかわらず、これを怠っただけでなく、不足分をポケットマネーで補ったり、余った分を金庫に保管することもなく、他に流用するなど不正な処理を行った。
さらに、原告は、本来社宅としての建物の賃借人である被告が受領すべき原子力立地給付金を無断で着服した。
原告は、JC敦賀店にコージツから研修に来ていた従業員らに対し、本社に無断で始末書を書かせるなどの処分を行った。
(三) 被告の主張(4)に対する原告の反論
(1) 原告が五反田店勤務当時、中山店長とのトラブル及びそれを理由に出勤停止の処分を受けたことは認める。しかし、右は、中山店長が原告の胸ぐらをつかんできたので、もみ合っているうち、原告の拳が中山店長の顔面にたまたま当たってしまったものである。
(2) 原告がJC敦賀店店長当時、原子力立地給付金を受領したことは認める。右は、居住者に対して給付されるもので、被告が受領すべきものではなく、したがって、原告がこれを不正に着服したものではない。
(3) その余の事実は否認する。
原告は、顧客に対して、ぞんざいな態度や馬鹿にするような接客をしたことはなく、顧客からそのようなクレームを受けたこともない。また、中山店長とのトラブルを除き人間関係に問題を生じたことはなく、セクシャル・ハラスメントとなるような発言などしたことはない。
2 不法行為の成否
(一) 原告の主張
原告は、平成一〇年二月二〇日、被告からその本社に呼び出され、同日午後一時ころから九時ころまでの約八時間にわたり、食事をすることも許されないまま、原子力立地給付金を原告が取得した件について、横領として犯罪者扱いされ、これを認める文書を作成、提出するよう執拗に要求された。原告がこれを拒否すると、被告の千葉久義次長(以下「千葉次長」という。)及び有間宏道課長(以下「有間課長」という。)は、「ばかやろう。」、「やめてしまえ。」などと暴言を吐き、強圧的な態度に出て無理矢理にでも文書を作成させようとした。
このため、原告は、心身ともに疲れ果て、正常な判断力を失って退職を希望する趣旨の文書を作成してしまったところ、翌二一日、被告は、原告に対して無期限の自宅待機を命じた。被告は、これを休職処分であると主張するが、原告は、休職処分とする旨の説明は受けていない。しかも、休職期間も決定されないまま、自宅待機は二か月間にも及んだ。この間、被告は、原告の有していた有給休暇三九日分、代休一五日分を原告の承諾のないまま、使用したものとして取り扱った。
そして、無効な本件降格異動に至った。
原告は、これら一連の被告の違法な行為により多大な精神的苦痛を被ったものであるから、被告には不法行為にも基づく損害賠償義務があり、原告の精神的苦痛を慰謝するには少なくとも三〇〇万円を下らない。
(二) 被告の主張
被告が平成一〇年二月二〇日、本社で原告の事情聴取を行ったこと、その際、原告が退職を希望する趣旨の文書を作成したことは認め、その余は否認ないし争う。
事情聴取は、被告本社の応接室で、千葉次長、有間課長によって行われたところ、原告は、入室するなりふてくされた態度でソファーに身を投げ出し、足を組んで両手を背もたれに投げかけ、上司である千葉次長及び有間課長に対し、ぞんざいな口のききかたをしたので、千葉次長らが原告を叱責した事実はあるが、それ以外は事情聴取は慎重に進められた。ところが、原告は終始、ふてくされた態度でこれにのらりくらりと応じていたため、時間がかかった。千葉次長らは、原告の態度から、コージツからJC敦賀店に研修来(ママ)ていた盛一からの内部告発にかかる事実が存在したとの確信を得たので、原告に反省を促し、念書の作成を求めて、退席したのであるが、原告はだらだらと三時間にもわたり念書を作成していたため、約八時間もの事情聴取となったものにすぎず、千葉次長らが原告主張のような態度をとったことはない。
また、事情聴取後、被告が原告に対し、自宅待機を命じたのは、その後の原告の処遇を検討するためであり、業務命令としての自宅待機としてではなく、休職としてのものであり、就業規則一〇条一項六号、一二条によれば給与は支給されないこととされているため、被告は原告の生活を考慮して有給休暇等を休職期間の一部に充当することにして生活費を支給したのである。確かに、それは、本人の意向を踏まえたものではなく必ずしも適切な措置とは言えないが、原告の生活に配慮したものであり、違法というべきではない。
ところで、原告の休職期間が二か月間にも及んだのは、原告の処遇に関し、被告内で意見が分かれたために、繰り返し協議を行う必要があったためであり、被告の処遇に対する真剣な態度の現れであって、妥当なものである。
そして、原告は、接客態度が悪く、金銭管理がルーズで店長として不適格であるところから、被告は、原告を店長職から解き、接客や金銭管理に関係のない谷和原流通センター受付検収課主任として商品配送業務に従事させるべく本件降格異動を行ったものである。
したがって、被告のいずれの行為についても不法行為の成立する余地はない。
第三当裁判所の判断
一 証拠によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実を含む。)、右証拠中これに反する部分は採用しない。
1 被告の概要等(<証拠略>、原告本人及び弁論の全趣旨)
(一) 被告は、釣用品の販売及び製造、加工等を主たる目的として、昭和四七年四月一〇日に設立された資本金五三一〇万円の株式会社である。被告の営業店舗数は、昭和五八年四月当時四二店舗、昭和五九年四月当時四八店舗、昭和六〇年二月当時五八店舗、同年一一月当時六四店舗、同年一二月当時七三店舗であったが、それ以降急激に店舗数は増加し、昭和六三年六月当時九五店舗、平成三年五月当時一二四店舗、平成八年一〇月当時二五六店舗、平成九年七月当時二九二店舗、平成一〇年四月当時三一一店舗となっており、従業員数は平成九年で約三二九〇名であった。被告の組織上(平成一〇年四月一日当時)、営業店舗は、被告の営業本部が直接統括しており、同部は、他にお客様相談室、品質管理部、販売部、商品部、販売促進部、販売企画部、商品開発部を統括していた。
(二) 被告は、自社のみで営業する店舗のほか、コージツと提携して「フィッシュオン」という名称での釣具店の営業も行っていた。具体的には、被告の従業員が「フィッシュオン」の店長としてコージツに出向したり、被告の営業店舗にコージツの従業員が出向してきて研修を受けるということを行っていた。被告とコージツの資本関係は、被告がコージツの株式の約二二パーセントを保有し、被告の関連会社も含めると、コージツの約四四パーセントの株式を保有していることになり、また、コージツの代表取締役は、元被告の顧問であった。
(三) 被告においては、従業員の士気を高めるためと従業員に自信を持たせるために賞金を伴った多数の表彰制度を設けている。表彰項目は、平成一〇年度で、努力賞、特別努力賞、優秀新入社員賞、優秀パート賞、防犯賞(努力賞、銅賞、銀賞、金賞)、永年勤続賞(五年、一〇年、一五年、二〇年、二五年)、特別精勤賞(銅賞、銀賞、金賞)、新任店長努力賞、新任優秀店長賞、優秀店長賞(努力賞、銅賞、銀賞、金賞)、提案賞(努力賞、銅賞、銀賞、金賞)、販売コンテスト賞(リール部門、ロッド部門とも銅賞、銀賞、金賞)、会員募集コンテスト(努力賞、優秀賞)、売上目標達成賞(努力賞、銅賞、銀賞、金賞)、特別部門賞、特別功労賞(銅賞、銀賞、金賞)の合計一八項目、表彰件数二五〇六件であった(ただし、右のうち、販売コンテスト賞から特別部門賞までは従業員個人ではなく、店舗ないし部署を対象としており、それを除くと、表彰件数は二一六六件となる。)。
2 原告の入社からJC敦賀店店長となるまでの被告での経歴(<証拠・人証略>)
(一) 原告は、昭和五八年三月に神奈川大学第二経済学部を卒業し、同年四月、被告に入社し、五反田店に配属され販売員として勤務した。その後、昭和五九年四月熊谷店、昭和六〇年一一月大井町店、同年一二月渋谷店において販売員として勤務し、昭和六三年六月、当時の被告の店舗のうち、最小規模の店舗であった平井店の店長代理となった。
この間、原告は、五反田店勤務当時、中山店長との関係が悪く、昭和五九年三月下旬ころ、結果的には中山店長に鼻の骨を折るという傷害を負わせ、略式命令により罰金六万円に処せられるとともに、被告から同年四月一日から同月一〇日までの懲戒処分としての出勤停止処分を受けたことがある。また、原告の勤務態度は、渋谷店勤務当時、本社においても問題となったことがあった。被告の山口寛之常務取締役(以下「山口常務」という。)は、昭和六二年一二月二日付けでその経緯を文書(<証拠略>)にしている。右文書(<証拠略>)には、原告について、渋谷店の「問題児」として、かねてより鈴木店長から本社に対し指摘があったこと、具体的には、顧客とよく口論する、顧客を怒らせることがある、女子店員に卑わいな発言や他人の気にすることを平気で言う、これらの最大の要因は、原告の気が短く、すぐかっとなる性格であること、原告を池袋店に異動させることも検討されたが、原告がこれに応じないこと、山口常務は、鈴木店長に対し、他店への放出だけでなく、再度鈴木店長が原告を指導、育成する努力を怠っては問題解決にならない旨説明したことなどが記載されている。
しかし、原告は、昭和六二年四月一六日には主任補、昭和六三年四月一日には主任に昇進した。当時被告としては、原告の接客態度や人間関係に不安はあったものの、急激に店舗数を増加させており、店長の人材不足が深刻な状況になっていたことから、原告も将来的には店長職に就かせる中で教育していこうと考え、昭和六三年六月、平井店の店長代理とした。
(二) そして、原告は、平成三年五月、新宿店店長となったところ、同店は、当時の被告の一二四店舗中、小さい方から二二番目の小規模店舗であった。原告が新宿店店長として勤務していた当時、原告に対する部下からの不満などもあり、被告は、原告をFJ渋谷店のフロアー長に異動させた。右異動は降格異動ではないが、被告としては、原告を店長の下で、再度教育するという目的で行ったものであった。当時、重点店舗であったFJ渋谷店は、ワンフロアから四階まで増設されたこともあり、店舗の代表はブロック長が務めることとし、店長を補佐するためにフロアー長の制度を導入した。そして、被告は、フロアー長を店長の補佐として販売業務を再教育する部署と位置づけ、原告のほか、同様の目的で同時期二名の店長経験者を配属した。
当時被告本社で顧客からの苦情への対応も行っていた木場茂取締役(以下「木場取締役」という。)は、顧客から直接、原告についてあの人は怖いから何とかして欲しいとの苦情を聴いたため、原告に対し、指導、注意すべく電話をしたこともあった。また、原告は、当時、同店の代表であった影島弘二から接客態度について注意を受けたことがあった。
(三) その後、原告は、平成八年一〇月、川崎西口店店長となった。同店は、当時の被告の二五六店舗中、平井店に次ぐ小規模店舗であり、店長を除けば、アルバイト従業員二名を含む四名の従業員で構成されていた。被告は、原告の接客態度や同僚らとの人間関係について懸念していたものの、店舗数を急激に増加させており、店長の人材不足が深刻であったことから、同店が小規模店舗であることを考慮して、原告を店長に就かせることにした。ところが、原告は、同店の斉藤店次長と険悪な関係になってしまった。例えば、商品在庫の調整について、同店で売れゆきの良くない商品を他店に移動して販売してもらったり、顧客の注文に応じて在庫のある店舗から商品を移動してもらうなどするが、こうした調整についての原告の説明が不十分であることなどについて斉藤店次長の原告に対する不満が募り、両者の関係が悪化した。
そこで、被告は、原告の異動を検討していたところ、JC敦賀店が開店する事になり、現地では店長を任せられる人材がおらず、原告が独身であり、敦賀店も被告の当時の二九二店舗中小さい方から五六番目の小規模店舗であったことから、原告を敦賀店店長に就かせることにした。
3 JC敦賀店店長当時の原告の勤務状況(<証拠・人証略>)
(一) 原告は、平成九年七月一六日、JC敦賀店店長となり、同店は同月二四日に開店した。ところが、その後も、原告の接客態度については、次のようなことがあった。
平成九年九月下旬ころ、顧客が店内の小さな脚立に乗って箱に入った比較的安価なリールを見ようとしているとき、原告が「勝手に脚立に乗らないで下さい。リールならこっちにあります。」と言って、高めのリールを勧めたので、顧客が「いや、安いリールが欲しい。」と言ったところ、勝手にどうぞといった態度をとりまじめに接客しなかったため、同店店員網野が右顧客から苦情を言われたことがあった。
同年一〇月中旬ころ、顧客が来店して、「ヒラメを堤防から釣りたい。リール、竿はどのようなものが良いか。」と店員に尋ねたところ、原告が横から口を出して、「そのような所からヒラメは絶対釣れない。」と頭から否定したため、その顧客は怒ってしまうということもあった。
同年一一月下旬ころ、シーバスロッドを購入しようと来店した顧客が、「この竿でシーバス釣りができますか。」と言って、トップシューターのロッドを持って、原告に質問したところ、原告はその顧客に対して、「シーバスロッドだからできるに決まってます。」と少しその顧客を馬鹿にする口調で答えたため、その顧客は何も買わずに帰ってしまった。
同年一二月上旬ころ、トップフォースベイトセットを購入した顧客が来店し、「リールの糸がうまく出ない。糸がスプールに逆に巻かれているのではないか。」とクレームを申し出たところ、原告は、その顧客がベイトリールの使い方を知らないものと決めつけて、少し馬鹿にするような口調で「リールの使い方がおかしいんじゃないの。」と言ったため、この顧客が激怒するということもあった。
(二) 原告がJC敦賀店店長であった当時、コージツから同社店長であった盛一と同社従業員網野の二名がJC敦賀店に研修に来ていたところ、原告は、平成一〇年一月二一日午後一一時ころ、敦賀市内のコンビニエンス・ストア「ローソン」で網野がアルバイトをしているのを見つけた。そこで、原告は、盛一に対し、網野の二重就業について、コージツとしての見解を問いただしたところ、原告が求めたわけではなかったが、盛一及び網野は、原告に対して始末書を提出した。
(三) また、JC敦賀店が開店して間もないころ、原告は、過不足なしでレジ締めしたにもかかわらず、銀行から入金額が入金帳より一万円少ないと連絡があったが、これを本社に報告することなく、ポケットマネーで補ったことがあった。また、原告は、レジに一〇〇〇円以上の過不足が生じた際、これを本社に報告せず、レジにプラスが生じた際や顧客の釣銭の受領を忘れた際の金銭を保管しておき(キープ銭)、レジにマイナスが生じたときにキープ銭で補充するというような処理を行っていた。
被告においては、不正防止の観点から、金銭管理については、店長はもとより、店長を通じて従業員全体に徹底した指導を行っており、度々書面等で金銭管理の方法等について書面で注意、指導を行ってきていた。そしてその中には、レジに生じた一〇〇〇円以上の誤差については、日計表にそのまま記載するとともに、本社に必ず報告することを義務づけ、報告の際の様式も定めるもの、キープ銭を禁止するものも含まれている。
(四) 敦賀市では、原子力発電所等の周辺地域において、電力会社から電気の供給を受けている家庭や企業に対し、国から「原子力立地給付金」が交付されていた。右制度は、原子力発電所の立地地域の振興及び地元福祉の向上を図ることにより、原子力発電所の立地を促進することを目的に周辺地域の住民、企業等に対し給付金を交付するもので、実質的には電気料金の割引であった。そこで、その交付対象者は、電気供給約款又は選択約款に基づき契約を行っている者であった。
原告は、被告が敦賀市内に借上げた社宅に居住していたところ、被告宛てに交付された原子力立地給付金一万一三七六円を、実際の居住者に交付されるものと考えて、被告の許可なく取得していたことがあった。
4 本件降格異動に至る経緯(<証拠・人証略>)
(一) 平成一〇年二月中旬ころ、木場取締役は、盛一がコージツの社長に対して提出した報告書(<証拠略>)を受取った。右報告書は、原告のJC敦賀店における勤務態度を告発する内容のものであった。具体的には、前記3の原告の金銭管理、原子力立地給付金の取得、接客態度が悪いこと、同店でアルバイトをしていた女子高生と食事をしたことなどが記載されていた。そこで、有馬課長と園田健彦京滋ブロック長が、平成一〇年二月一九日、JC敦賀店に赴いたところ、原告が金庫に四〇〇〇円の溜め銭(キープ銭)をしていたこと、原子力立地給付金を取得していたことが判明した。そのため、翌二〇日、原告を本社に呼び出し、原告から事情聴取を行うことになった。
平成一〇年二月二〇日、午後一時ころから、被告の本社応接室において、千葉次長と有馬課長が原告から事情聴取を行った。千葉次長と有馬課長は、盛一の作成した報告書に基づいて、各事実を原告に確認した。その中で、原告は、レジに不足が生じたとき、稚魚放流募金箱から金銭を取り出して不足を埋めた事実については否認した。千葉次長と有馬課長からの事情聴取後、原告は、千葉次長と有馬課長から反省文を社長宛に書くように指示され、これを作成した。その内容は、原子力立地給付金を取得したこと、レジの誤差報告を怠ったことを認め、それについて謝罪するとともに退職を希望するようなものであった。この間川島喜美夫部長が入室して、原告に対し、説教をするような場面もあった。結局、右事情聴取及び原告の反省文の作成が終了したのは、午後九時ころであったが、この間、原告は、ジュースを飲んだだけで食事は取らなかったが、千葉次長らも食事をしていない。
(二) 被告は、原告の事情聴取の翌日である平成一〇年二月二一日、その後の原告の処遇を検討するため、原告に対し、期間を定めず、自宅待機を命じた。被告内部では、原告を懲戒解雇にすべきという意見、再度原告を指導教育すべきという意見が出るなどして、なかなか結論が出ず、結局自宅待機の期間が二か月に及んだ。被告は、これを原告には直接告げずに休職扱いとした。そして、休職期間は、被告の就業規則一二条により給与が支給されないことになっているので、原告の承諾をえることなく、有給休暇二二日と代休一五日を休職期間の一部に充てて、給与を支給したが、本件降格異動後、原告が勤務を再開する際、就業規則一三条に定める休職から復職する際の手続を行っていない。
被告は、内部での検討の結果、原告が店長として不適格であると判断し、平成一〇年四月一一日、原告を谷和原流通センター受付検収課主任に降格した。原告は店長職から主任に降格されたことにより職務等級が五等級から四等級となり、その結果、職能給一万〇三〇〇円、役職手当七万八〇〇〇円の減額となった。
二 前記一の事実を前提とし、以下、争点について検討する。
1 本件雇用契約について
原告は、本件雇用契約が職種限定契約である旨主張するので、まず、この点について検討する。
前記一2によれば、原告は、被告に入社以来本件降格異動に至るまで約一五年間店舗で店長ないし販売員として勤務してきたものであるが、本件雇用契約を締結する際、職種を限定する旨の合意をしたことを直接認めるに足りる証拠はない上、被告の就業規則八条には、被告は従業員に対し、就業場所、職種の変更を伴う異動を命じることがあり、従業員は正当な理由なくこれを拒否することができない旨規定されている(<証拠略>)。このことからすると、本件雇用契約当時、原告と被告は、就業場所や職種の変更を伴うことを前提として本件雇用契約を締結したものというほかない。
2 本件降格異動の効力について
(一) 本件降格異動が原告の販売店店長としての適性欠如、管理職としての部下の管理能力欠如、金銭管理のルール違反といった原告が従事していた職務との関連での不適格性を理由として行われたものであること(前記一4(二))、本件降格異動の際には、通常の人事発令が行われたものと推認できること(<証拠略>)からすると、本件降格処分は、懲戒権の行使ではなく、人事権に基づき本件降格異動を行ったものと認められる。
そして、一般には、使用者には、労働者を企業組織の中で位置づけ、その役割を定める権限(人事権)があることが予定されているといえるが、被告においても、就業規則八条において「業務上の都合により、従業員に対して就業する場所もしくは従事する職務の変更、転勤、出向等異動を命ずることがある。」(<証拠略>)と規定しており、したがって、本件においても、被告は、その主張のとおり、人事権を行使することにより、労働者を降格することができる。
ところで、原告は、本件降格異動は、懲戒権の行使として行われた旨主張するが、被告の就業規則には、減給・出勤停止に伴う役付者の降格を除くほか、懲戒処分としての降格の規定はなく、本件では就業規則五三条に規定する減給・出勤停止という懲戒処分は行われておらず、本件降格異動について、原告が被告から懲戒処分として行う旨の説明を受けた形跡もないことからすると、原告の主張は採用できない。
このように、本件降格異動は、被告において人事権の行使として行われたものと認められるところ、こうした人事権の行使は、労働者の同意の有無とは直接かかわらず、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められない限り違法とはならないと解せられるが、使用者に委ねられた裁量判断を逸脱しているか否かを判断するにあたっては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無及びその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無及びその程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度等の諸事情を総合考慮すべきである。
(二) 通常、販売店においては、内部のチームワークや顧客に好感を与えるような接客態度が収益向上の観点から重要であることは言うまでもなく、被告においても、就業規則三九条四項に「お客様には親切丁寧を旨とし、奉仕の心をもって買い良い店、親しまれる店となるよう努力しなければならない。」と規定するほか、従業員に対し、度々周知、指導している(<証拠略>)。ところが、前記一2(一)ないし(三)、3(一)によれば、原告は、被告に入社して直後に配属された五反田店での勤務当時からすでに、上司、部下、同僚といった内部での人間関係や接客態度に問題があり、JC敦賀店店長当時も同様であったということができるのであって、原告のこうした態度は、店長として、不適格と判断されてもやむをえないものといわざるをえない。
ところで、原告は、被告に入社以来、多数の表彰を受け、新宿店店長当時には、平成四年一月から一二月まで一二か月連続で売上目標を達成するなど、優秀な従業員であって、接客態度や人間関係に問題があったことなどない旨主張する。
そして、原告が、昭和六〇年一月一六日努力賞、昭和六二年一月二六日精勤賞及び努力賞、平成元年六月二〇日永年勤続賞、平成三年一月二一日特別精勤賞銅A賞、平成四年一月二一日特別精勤賞銅A賞、平成五年一月二五日特別精勤賞銀A賞、平成六年一月二四日特別精勤賞銀C賞及び永年勤続賞、平成七年一月二五日特別精勤賞銀B賞、平成八年一月二三日特別精勤賞銅C賞、平成一〇年一月二〇日特別精勤賞銀C賞を受賞したことは当事者間に争いがない。
しかし、前記一1(三)のとおり、被告は、従業員の士気を高め、自信を持たせるために多数の表彰を行っているのであり、平成一〇年度では、従業員個人に対し、約二二〇〇件の表彰件数がある。右はのべ件数であるにしろ、平成一〇年四月一日時点の被告の従業員数が約三三〇〇名であること(前記一1(一))からすると、かなり多数の従業員が表彰されることになり、実際、平成一〇年一月に原告が受けた特別精勤賞は、管理職四一四名中三〇〇名が受けていること(<証拠略>)、原告が受けた表彰は、いずれも欠勤の多寡を基準とするものであり、原告はこれまで、優秀店長賞などの成績優秀者に与えられる表彰を受けたことはない(前記一1(三)、<証拠略>)。このことからすると、原告には、欠勤等が少なく、その意味では真面目に勤務してきたということはできるものの、成績優秀者であったとまでいうことはできない。
原告の内部での人間関係については、中山店長との暴力事件、斉藤店次長と険悪な仲になっていたことは原告も認めるところであるし、すでに昭和六二年当時、渋谷店の鈴木店長が本社に対し、これを指摘していたことからすると、前記認定を覆すことはできない。なお、原告は、中山店長の件について、中山店長に非があったことを主張するが、結果として刑事処罰や懲戒処分を受けていること(前記一2(一))からすると、中山店長にも非があったとしても、原告に非がなかったことにはならない。原告は、斉藤店次長の件についても同人の無理解が原因であることなどを主張するが、原告が当時店長であったことからすれば、斉藤店次長にも理解できるよう十分にコミニユ(ママ)ケーシヨンを取ろうとしなかった原告の態度にも管理職として問題があったことは明らかである。
また、接客態度についても、これも昭和六二年当時渋谷店の鈴木店長が本社に報告している程で、しかも、山口常務取締役の作成した文書(<証拠略>)には、原告を「問題児」と記載しているほか、「以前より店長からアピール」があったことを記載していることからすると、原告については、人間関係、接客態度いずれにも問題があったことは否定できない、これらは、原告が一度は新宿店店長になりながら、その後渋谷店の店長を補佐する立場であるフロアー長に異動になったこと(前記一2(二))や原告が店長職を務めたのはいずれも被告の店舗中小規模店に限られていたこと(前記一2(二)、(三)、3(一))などからも裏付けられるのであり、原告の主張は採用できない。
なお、JC敦賀店店長当時の接客態度についても、原告は否定するが、同店店員の陳述書(<証拠略>)の記載は、顧客とのやりとりなど具体的であり、信用することができる。
(三) 販売店での金銭管理について、前記一3(三)のとおり、被告は厳格に指導しており、それは、販売店においては日々金銭を扱っており、不正の温床となりやすいことから考えれば、当然のことといえる。ところが、原告は、レジの過不足金の処理方法を知りながら、また、被告には六〇〇〇円のレジの不足金が原因で懲戒処分を受けた従業員がいたほど、被告においては金銭管理が厳しかった(原告本人)にもかかわらず、日常的にルーズな金銭処理を行っていたのであり(前記一3(三))、この点についても、被告が原告について、店長として不適格と判断したのもやむをえないというべきである。
原子力立地給付金の取得の件についても、原告は、居住者に交付されるものであると考えていたというのであるが、実際には交付の対象者は契約者である被告であったこと(前記一3(四))、そして、そのことは、原告が被告の借り上げ社宅に居住していたこと(前記一3(四))からすると、予想できないこととはいえず、被告になんら報告もせず、これを取得した原告の行為は軽卒としかいいようがない。
(四) こうしたことからすれば、被告が原告を店長として不適格と判断し、金銭を取り扱わず、接客業務もない谷和原流通センターへ原告を異動させたことには、職種の変更を伴うものであるとはいえ、合理的な理由があったというべきである。もっとも、本件降格異動に伴い原告の給与は職能給と役職手当を併せて約九万円の減給となっており、原告の不利益は小さくはないが、職務等級にして一段階の降格であることや原告の店長としての勤務態度に照らせば、やむをえないものというほかない。
なお、原告は、本件降格異動は、被告がコージツとの協力を悪化させないためである旨主張し、原告に対する事情聴取が行われたのが、原告が網野のアルバイトを見つけた約一か月後であり、それはコージツの店長であった盛一の告発に基づいていたことは、前記一3(二)、4(一)のとおりである。網野のアルバイトに関連して原告から見解を問われた盛一が、原告に対し、不満を持ち、そのことが右のような告発に結びついた可能性はないでもないが、被告はその関連会社を含めると、コージツの株式の四四パーセントを保有する関係であり(前記一1(二))、実質的には、コージツが被告の子会社に近い存在であることからすると、被告がコージツに対して配慮するような必要があるとはいえず、原告の主張は採用できない。
したがって、本件降格異動は権利の濫用には当たらず、有効である。
3 不法行為について
原告は、被告が原告を半ば監禁状態にして、退職を希望する旨の反省文を作成することを強要し、自宅待機を休職として扱い有給休暇や代休を休職期間の一部に充当し、本件降格異動を行ったことが不法行為であるとして、慰謝料の請求をするのでこの点について判断する。
(一) まず、原告に対し平成一〇年二月二〇日に行われた事情聴取についてであるが、原告が夕食を取れないまま、午後一時から午後九時ころまで行われたこと(前記一4(一))は、やや不自然な感もないではない。また、その間、千葉次長らが原告に対し、反省文の作成を指示しただけでなく、原告を叱責したり、説教したりしている(<証拠・人証略>)。しかし、被告のルールに違反した金銭管理や原子力立地給付金取得の事実を認めながら、原告が反省の姿勢を示さなかったこと(<人証略>)からすれば、千葉次長らが原告を叱責、説教したり、反省文の作成を指示するのは、原告の自覚を促す意味でやむをえない面があり、これを直ちに威迫ないし脅迫に当たるとはいえないし、原告も飲物は取っている一方、千葉次長らは席を外すことがあり、原告が反省文を作成するために一人になることもあり、その際も部屋に施錠するようなことはなかったこと、千葉次長らも、夕食は取っていないこと、事情聴取は、盛一の報告書(<証拠略>)に基づいて各項目に従って行われ、原告もそれらに対し弁明していること、反省文に関しても、原告が否定した事実については記載されていないこと、原告は退職を希望する旨の反省文を作成しているが、実際には解雇等の処分は受けず、本件降格異動に止まっていることからすると、半ば監禁状態にして反省文の作成を強要したとまでは認めることはできない。
また、本件降格異動については、すでに述べたとおり、権利の濫用とはいえず、不法行為には当たらない。
(二) 原告の自宅待機の期間を休職扱いとしたことについてであるが、被告は原告に対し、自宅待機を命じた際、それを休職とする旨告げておらず、本件降格異動の発令後、原告が勤務を再開する際、休職から復職する際の就業規則上の手続も行われていない(前記一4(二))。また、被告は、原告の承諾なしに、原告の有給休暇と代休を休職期間の一部に充てている(前記一4(二))。
これらの事実からすると、被告の内部において、原告の処遇についてなかなか意見がまとまらず、二か月を要したことはやむをえない面があるとしても、被告が原告に対し、相当な手続によって休職を命じたとはいえず、その期間を原告の承諾なく一部有給休暇及び代休として処理したことは、被告の就業規則に反し、労働者の希望する時期に有給休暇を与えなければならないとする労働基準法三九条に反する。
したがって、被告の右行為は不法行為に該当するというべきであるが、本件記録上認められる諸般の事情を総合的に考慮すれば、慰謝料として三〇万円が相当である。
三 以上の次第で、原告の請求は、三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年一一月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴状費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松井千鶴子)